ダブルハンドレースを目指すセーラーへのメッセージ(海外の記事から3)
文/翻訳:児玉萬平氏
来る5月1日をスタートに、わが国初の外洋ダブルス日本選手権が行われます。参加艇は9艇、腕に自信のベテランからチャレンジ精神いっぱいの若手まで、大いにレースを楽しんでいただきたいものです。筆者も参加意欲満々ではありましたが・・自艇では全長制限にひっかかり、結局参加をあきらめました。各艇の健闘とご安航を祈りつつ、レースの推移を楽しみにワッチします。 ところで、このレースのきっかけとなったパリ五輪のミックスダブルス・オフショアクラスの採用問題がIOCからの横やり(?)が入って大いに揺れているようです。実施母体のフランスセーリング連盟の強い希望を反映したものとして、既に決定済みと思っておりましたが、そうではなかったようです。
この状況について4/21付のヨッティングワールドに女性トップセーラーでありヨッティングジャーナリストのシェリー・ロバートソンのインタビュー記事が掲載されておりましたので、この記事をご紹介しながら、ミックスダブルス・オフショアクラスの採用問題の背景を見ていきたいと思います。
また女性セーラーならではの視点で語るダブルハンドレースについてのジェンダーに関する考察は今後のセーリングに大きな示唆を与えてくれます。
以下 ヨッティングワールド4月21日版より
「外洋レースをパリ五輪で行うべき理由」―シェリー・ロバートソンに聞く
(原題:Shirley Robertson on why offshore racing should be in the Paris Olympics)記者
ヘレン・フレッター(Helen Fretter)
・・・・オリンピックのセーリングは混乱しており、今現在2024年のパリオリンピックでの採用種目はまだ決まっていません。 シェリー・ロバートソンは、今回提案されたミックスダブルス・オフショアクラスがセーリング界にとって大変「ポジティブ」な動きである理由を語ります。・・・・
2024年のオリンピックがパリで開催されるまでわずか3年、しかし2024年のオリンピック セーリング種目はまだ確定されていません。
今週(4月19日の週)、国際オリンピック委員会(IOC)は、セーリングスポーツの統治機関であるワールドセーリングに、2024年のパリ大会と2028年のオリンピックの新しい計画を立てるために6週間の猶予を与え、東京2021大会までわずか93日の間に、この2大会すべてについての再提案をするよう指示しました。
現在提示されたプログラムとして、オリンピックのセーリングメダルは10個を対象としています。 それらは3つの男性種目と3つの女性種目(レーザーとレーザーラジアル、49erと49er FX、男女フォイルウィンドサーフィン)そしてナクラ17、470、カイトボーディングを含む4つのミックスクラスでレースされることになっています。そして2018年に、4つのミックスクラスの一つにダブルハンドオフショアクラスを含めるべきであるという提案がなされました。
この提案は革新的でした。オリンピックで最も長いトラック(コース)で3日間のレースが行われ、うち24時間は短い沿岸の周回トラック(コース)で行われるというものです。 また使用するヨットの艇種もこれから決定することになっています。
ダブルハンドレースはセーリングにおける最大の成長分野の1つです。 世界最大規模の沿岸レースおよび長距離外洋レースの多くは、その増え続ける需要を満たすためにダブルハンドフリートを導入しました。この傾向は、ダブルハンドレースがコロナ禍における「ソーシャルディスタンス」と「バブル(訳者注1)」にうまく適合したことにより、2020年でさらに加速しました。またオリンピックのためにダブルハンドでのオフショアレースが検討されているというニュースは新しいセーラー達をそれに引き付け、多くのセーラーをオリンピックのセーリングフィールドに戻すことになりました。
そのうちの1人は、史上最も成功した女性オリンピックセーラーの1人であるシェリー・ロバートソンであり、彼女はBBCとCNNの主要なセーリングイベントをカバーする経験豊富な放送解説者でもあります。
2000年にシドニーで、2004年にアテネで金メダルを獲得したロバートソンは、ヘンリー・ボンビーとSunfast3300でレースをしています。 彼女はまた、RORCヨットオブザイヤーを獲得したJPK10.10「Jangada」でジェレミー・ウェイトとダブルハンドでレースをしています。
ロバートソンは、オリンピックでのダブルハンド・オフショアフリートがセーリングスポーツに幅広い利益をもたらす可能性があると信じています。
最も明らかな利点は、フランスで開催される2024年のオリンピックにこの新しいクラスを導入すると、観客との大きな連携が生まれることです。
「ヴァンデグローブ、ルートデュラム–私はフランスのオフショアレースのスタートに何度も行ったことがありますが、間違いなく、これまでに行った中で最も観客から支持されているスポーツイベントです」とロバートソンは説明します。
「パリ大会でオフショアレースが提案されたのは偶然ではありません。フランスではこのクラスのレースは大規模に行われており、一般の人々やメディアは大きな関心を寄せるでしょう。 パリ2024に限れば、これがまったく簡単に実現できることであり、驚くべきことです。」
「今後を考えると、オフショアレースのエキサイティングな導入がなかった場合を想定することはできません。2028年を見れば、LAでも同じことが達成できると確信しています。」
「しかしそれ以上に、オリンピックでのダブルハンド・オフショアは、セーリングスポーツの領域の拡大を表しており、ディンギーレースに興味のない参加者にとってもこの領域への好奇心を刺激するでしょう。」
「最も重要なこととして、ダブルハンド・オフショアの導入は、私自身にとってもセーリングスポーツへの長期的な参加とコミットメントへの新たな道筋を生み出すことです。」
「ダブルハンドレースがオリンピック種目に含まれていることがセーリングの全体的な健全性に有害である理由とその説明をする意見を聞きたいと思っていますが、これまでのところ、実際にこの議論を進めた人は誰もいません。」
(オリンピック競技は)テレビ用に作られる・・
IOCが提起した懸念には、主催者がトラック(レースエリア)をどう確保できるのか、イベントをグローバルに放送するという課題、ワールドセーリングがまだオフショア世界選手権を開催していないという事実(2020年時点で、予定されていたイベントがCOVID19のためにキャンセルされたため)などがあります。
セーリングイベントの放送における運用(ロジスティクス)で豊富な経験を持つロバートソンは、コストと課題が誇張されていると信じています。
「正直なところ、メダルレースエリアをカバーするためにOBS(オリンピック放送局)がリオに持ちこんだリソースを考えると、(IOCの)この指摘を受け入れるのはかなり難しいと思います。 オークランドでのアメリカズカップの初期ラウンドは、1隻のチェイスボートと1機のヘリコプターのみでカバーされていましたし、セイルGPも同様にこれまで1機のヘリコプターと1隻のチェイスボートを使用しています。
「これらのイベントに関わった非常に熟練したカメラマンは、リオで2倍以上の放送リソースを費やしたレースで撮影したのと同じ人です。そうしたカメラマンなどの人的資産はすべてオリンピックのレガッタのためにすでに用意されているので、放送に何百万ユーロもかかると提案された理由に戸惑います。」
「オンボード映像を提供するテクノロジーは複雑ですが、既にオリンピック競技の多くでオンボードカメラが実用化され、ツールドフランスの自転車も車載カメラで実施されています。
「私の考えでは、数日間のオフショアイベントは、想像力に富んだ報道でセーリングを紹介する、レース中継は視聴者の興味を大いにそそることが出来るとの展望があります。さらに視聴者が参加艇を追いかける・・・なんと大規模なインタラクティブな機会でしょうか! シドニーホバートレース、ミドルシーレース、ファストネットレース、これらはすべての(インターネット)放送は[オリンピック放送]の予算の一部で十分賄うことが出来ます。」
ロバートソンが指摘するように、レースエリアを確保することも乗り越えられないはずはありません。実際のコースは大部分が沿岸で行われ、外洋でのセーリングが全てではありませんから。
セーリングからオリンピックメダルが失われる?
オリンピックのセーリング競技に携わる多くの人にとって、IOCがミックスダブルス・オフショアをパリ2024に不適切と見なした場合、セーリングは9個のメダルに降格される可能性があるというリスクを懸念しています。
跳ね返って来る多くの代替案の中には、次のようなものがあります。ミックスフリートの1つを分割して、男性と女性のメダルクラスを作成する。 2021年の大会後にオリンピック級の地位を失うヘビー級のシングルハンド・ディンギーであるフィンを復活させる。または、マッチレース、さらにはチームレースをゲームに再導入する・・・。
どの種目を選択する場合でも、2024年の男女平等のIOC目標を達成し、全体的なアスリート数を減らす必要があります。
「実際には、すでにパリ2024の準備サイクルに入って、1年になりますが、IOC基準に(適合する)別のメダルオプションを探すということを6週間の時間枠の中で緊急解決することは、まったく受け入れられません」とロバートソンは言います。
「このオフショアオプションは、私たちのスポーツのガバナンスフレームワーク内で高レベルな議論をされ、かなりの差で票決されました。しばらくして、その明らかに「不適切」だとの噂が蔓延し、IOCからの不満が来るようになりました。」
「では、この種目が拒否されるという不測の事態はあるのでしょうか。オフショアイベントを採用することでIOCによる不可避の拒否に備え、準備される代替え案はどこにありますか? そんな案は存在しません。」
ロバートソンは、「もし可能であれば、ワールドセーリングの委員たちは、この問題を一回の簡単な投票で解決するでしょう。今も非常に愛されているフィンクラスを復活させ、より重い男性のセーラーにオリンピック出場の機会を与え、その最大の名前をスポーツに呼び戻し、それで終わりとします。もちろん、そんなことは起こりません。衆目からは非常に見栄えの悪い決定に見えます。」
「それで種目の決定は遅れに遅れてしまいました、(代替え案があるとすれば)その中で最も公正なのはミックスとされたカイトを男女に分割することです。 少なくとも、オリンピックのために実際にトレーニングを行っている女性のカイトサーファーの集団がいるので、女性への影響は最小限であり、男女平等のメリットがあります。」 (訳者注2)
女性のセーリングの機会
ロバートソンにとって、ミックスダブルス・オリンピック・セーリングメダルの重要な利点の1つは、現在大いに不足している経験豊富な女性セーラーのキャリアパスを作成することです。
「私はオークランドから戻ったばかりですが、オークランドでは4か月間アメリカズカップについてコメントしていました。私は、男性のセーラー達、男性のコーチ、男性の意思決定者だけで作られたチームで構成され、かつ私たちのセーリングスポーツの頂点にある夢の様なトロフィーを追いかけている(男性たちの)4つのチームについてコメントしていました。」
「私はジェンダーの議論を引き出したいために問題を探しているわけではありませんが、ミックス・ダブルスの例にはいくつかの非常に重要な意味があります。」
「オフショアボートによる沿岸レースは驚くほど入りやすい競技です。世界の多くのマリーナにある30フィートクラスのボートが利用できます。競技への入りやすさはジェンダー(性差)を超えるポイントであり、女性にも競争力が持てるセーリングへの道を示すことが出来、かつディンギーとはまた違ったセーリングの形も得られます。」
「オリンピックキャンペーン後の女性アスリートがセーリングのあらゆる種類の競技において自主的に活動できるよう、現実的で達成可能な道筋を示すべきだとの意見があることに反して、現在に至ってもそれがない、という事実は誇張ではありません。しかし、このミックスダブルス・オフショアへの選択はそれを変えるのに役立ちます。」
「現在、セーリングをしている女性セーラーにとって不毛な風景の中で、ミックスダブルス・オフショアの導入は、現状に真のインパクトを与える方法を示しました。ダブルハンド・オフショアは、尊敬され、熟練した女性アスリートを育成するために、本物の道筋を提供する可能性を持っています。」
「女性をボートに乗せるためのルールやインセンティブを中途半端に作成するというこれまでの取り組みや、一般受けするために男女平等を薄いベールで覆ったように見せるだけでは、女性が私たちのセーリングスポーツで達成するのに役立っていません。」
「ミックス・ダブルスへの道筋が作られ、いくつかのレースの繰り返しがあれば、男性と同じように、価値のある、文句の言いようがない経験と能力を備えた、本当に才能のある女性セーラーの自立した集団が生まれます。」
「このことは前例のない前進となるでしょう。それは、私たちのセーリングスポーツのすべての側面で、男女平等とはほど遠い現状の変更に向けた一歩となるでしょう。」
どう思いますか?ダブルハンドでのオフショアレースはオリンピックのセーリングに採用されるべきですか、それとも10番目のメダルを別のクラスに移すべきでしょうか。
Email yachtingworld@futurenet.com
Shirley Robertson hosts a regular podcast with some of the biggest names in sailing. See http://shirleyrobertson.com/podcast/
訳者注1:「バブル」とは、スポーツ選手に対応する新型コロナ対策で、競技者をそれ以外の世界と完全に隔離、いわば「泡」の中に閉じ込めて外界と遮断し感染防止する方法を言う。競技の場だけでなく、宿泊、食事、交通手段などすべての場面で隔離し続けることから、ダブルハンド・オフショアは競技それ自体が「バブル」の状態と言ってよい。東京五輪の運営マニュアル「プレイブック」でも選手と主要な競技役員はこの状態に置くとしている。
訳者注2:代替え案について、ヨーロッパでは本稿にあるように、フィンの復活、カイトの男女クラス復活などが主流の意見だろう。一方、JSAFでは470の男女クラスの復活の意見が強いと思われるが、他の国から470を推す力が弱ければ、不本意な結果になる恐れがある。そうであれば、本稿にあるように、何とかミックスダブルス・オフショアをIOCに再提案し、セーリングスポーツの拡大に向けた新しいムーブメントが生まれるよう期待したいものだ。
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