小笠原レース「船上のリアル」Part 1
※このブログは、Sailor 北田浩の道のり/Le Chemin d’ Hiroshi Kitadaで公開したシリーズを三部作にまとめてお送りします。吉富愛氏と宇田川真乃氏のJOSA Ocean Boot Campを同乗した北田の視点からお届けします。
文:北田浩氏
第一話 「prologue」
いずれにせよ
彼女らにとっての船上は
戦場であった事に違いないだろう。
記憶が薄れないうちに書き留めておこうと思うも貴帆の修繕の手配やらで全く時間が足りない。
昨年(2022年)10月に貴帆をフランスから連れてきて以来、中々整備が進まず元の走りを取り戻すには至っていなかった。
また日本でレースをする事は考えていなかった。
児玉さん大村さん鈴木さんと会合を持つ機会があり、日本で由緒正しきカテゴリー2のレースを開催出来ないものか意見交換していたところ、途絶えていた小笠原レースをカテ2のレースとして再開しようでは無いかということに話しが進んでいった。
セイルオンの池田さんからは100万円のスポンサードの提案があった。
ただし条件付きで「貴帆が参戦すること」と笑顔で恫喝される
うっ
準備が出来ていない貴帆をレースに出すことへのためらいもあった。
フランスから連れ帰る前にメインとMediumスピンを新調したのだが、その他は一二度大破して大修理した手負いのセールばかりだ。特に強風用のステイセルが酷い。
数人のOceanBootCampメンバーに手伝ってもらいながら貴帆のチューニングを少しづつ詰めていた。
一人でやっていてはいつ終わるかわからないことと
一人では出来ないことを
ひとつずつ ひとつずつ・・・・
リグのテンションの微調整・・・・
上下のランナーのテンションバランスはほぼ大丈夫
軽中風域までは準備が出来てきたな。
これが強風域でも行けてる状態なのか?
他に不具合が出てこないのか?
電池交換してフランスから戻ってきたオーパイのリモコン(実際戻って来たのは別個体)の感度が悪く、Soloで使うには危ないな・・・
OceanBoot Camp蒲郡〜浦賀で協力してくれた横山くん、篠島さん、Petit Boot Campで協力してくれた鈴木裕介くん、守屋有紗さん、浦賀での整備などで協力してくれた上松さん、堤くん、村瀬さん、重野さん、加藤くん
ワンセイルの大澤くん
貴帆を貨物船から降ろした後、膨大な搭載荷物の整理を手伝ってくれた酒井田さんとミエちゃんにも熱烈感謝!!
コロナが収束の方向に向かってはいるはものの第五類になるのは5月の連休明けになりそうなのと、過去の小笠原レースで一考すべき事案があったとかでゴールデンウィーク真っ只中の開催は難しいという、何とも厳しい状況の中でとにもかくにも国内レース初のカテ2のレースとして開催することは良い実績となることは確かだった。
鈴木保夫さんと3月に事前視察と関係団体への挨拶回りに小笠原に出向いた。
意外や意外、小笠原の人々はこのレースの開催を心待ちにしているではないか。
参加艇が少ない場合は中止もありえるなと内心思っていたのだが、帰路の小笠原丸の中での鈴木さんとの会話では、例え参加艇が3艇であってもカテゴリ2のレースを実施したという事実を残す事が重要だという考えで一致していた。
参加艇は一艇一艇増えていったものの連休からズレての開催に期待していたチームが参加を見送ったこともあり6艇で止まったままであった。
このままでは赤字かな・・・
貴帆がレイトエントリーすればカツカツの予算で運営出来るか・・・
Soloかな・・・・話題にもなるだろうし・・・・
第二話 「出会いの連鎖による参戦」
エントリー期限が迫っていた。
まだ船も身体も準備が出来ていない。
何よりも奥様にはもうレースはやらないと話していたので(誓ってはいないのだが)顔色を伺っていた。
自身も小笠原ではレース参戦では無く運営側で勉強をしたかった。
宇田川との出会い
セイルオン &JOSAで支援をしている昨年三河みとで開催されたセイル・オン 第11回 JYM選抜 大学対抗&U25ヨットマッチレースでのこと 。優勝した宇田川丸のスキッパーで470チャンピオンの実績を持つ。
男子クルーを率いて颯爽とレースをする姿に男前のお嬢さんだと印象をもっていた。
桟橋で外洋に興味は無いの?と一声かけたことしか接点はなかった。
小笠原参戦のタイムリミットが近づくなか、ふと宇田川を思い出しメッセージを入れたところ、「興味があります」との回答があり、それではダブルハンドで参戦してみようかとトライアルをはじめた。
第一印象は舵取りが上手いな。パワーは猫パンチ並できっとスタミナは無いな。
二人でダブルハンドならオーパイでSoloレースに出るのと代わらないことになるかも・・・だった・・・
吉富との出会い
彼女が神戸大4年の時に金子純代さんからの紹介で会っている。あれはコロナが始まる直前で男女ミックスダブルハンドのW杯開催が騒がれた時のことだったと思う。
彼女は航海士を目指していたこともあり、普通のヨット乗りよりは航海計器のこと、海図の事、、、当たり前だが理解が早かった。
JOSA企画の200マイル無寄港トレーニングで吉富愛と後にマルセイユでのL30W杯に連れて行った松苗幸希と引率係の私とで大阪湾から和歌山沖まで2オーバーナイトを一緒に走っている。吉富はスピードとしぶとさはありそうでパワーはプーさんという感じだが慣れればOffshoreで相棒にするのは良いかもと思っていた。当時その吉富と男女ミックスダブルハンドW杯を目指すもコロナ禍であった事と、SurvivalTrainingを受講出来る機会が無くNew Zealandのトレーナーにプライベートトレーニングを調整してもらうところまで段取りしたのだが卒業航海旅行だとかで、そのめちゃくちゃな努力も水の泡になった事があった。本人は知らないだろうが・・・
その後はJOSAの理事でサバトレのMedicalトレーナーでもある森村氏のバルトロメのクルーとしてセーリングは続けていたらしく、ある日の夜森村さんから架電あり、小笠原に吉富を乗せてはどうですかね?
あれ?航海士になって世界の海を渡って今帰ってきてるの? 私にはまったく連絡が無いからヨット辞めたのかと思ってたんだけど?
それでは先ず練習にお出でなさいましという流れになっていった。
宇田川とのダブルハンドは少し大変になるなと思っていたので丁度良いというか神様の思し召しか、女子2人を中心にほぼダブルハンドという企画でレースに参戦すれば話題も提供出来てレースの華にもなるだろうと妄想し皆で相談し合意の上レイトエントリーをすることにした。
3人での練習は延べで4、5回というところだろうか。
レースに出る前に貴帆の強風時のセッティングを試さなければいけないが、吉富と宇田川とでは経験不足で強風時のテストセーリングが出来ない。
20ノット以上吹きそうなときのタイミングを見て蔵田くんとエイチャン、伊藝くんに手伝ってもらって作業を進めた。特に新しいMediumスピンはマストヘッドからフラクショナルにプラン変更して製作したのでどうしても試しておきたかったのだが、残念ながら満足な強風が吹かなかった。
どうしても?
そう、このセールでのダウンウインドでは艇速が23ノットを超える事もあるからだ。
伊藝くんにはレース直前にもう一度手伝ってもらうことにした。セールトレーニングで呼んだのでは無い、強風時の諸々を試したかったのだが残念ながら風が弱かった。
結局30ノット以上でのテストは全く出来ない状態でレースに臨むことになった。
第三話 「小笠原レーススタート前」
2023/04/22 艇長会議など
明朝は小笠原レースのスタートだ。
前夜祭はもちろんの事、数日前からアルコールは飲んでいない。もちろん彼女らにも厳戒令を出している。
吉富、宇田川、私の三人は前夜祭を終えて宇田川は近くの自宅に、吉富と私は浦賀の泊地に戻り船内泊することとした。
夜半、風が泣き出した。
なぜだろう?
ふと思い出す。
2016年Plymouthのスタートが強風だった。
彼女らは緊張しているだろうな?
2023/04/23 スタート海面へ
05:30集合
06:00出港
浦賀ヴェラシスからの出港が少し遅れたがスタート海面の小網代沖は近いから問題ない。はず・・・
風速20ノット前後のダウンウインド、ステイセルとメイン2ポイントリーフで2時間あれば着くだろう。
出港して小一時間、小網代浮標に向けて転針ジャイブ・・・
何かがおかしい??
ポートサイドのレイジージャックのダイニーマが切れているのが目に入った。
やばいカモ・・・
フランスでの活動中はコーチのJeanと口論しながらもパーツを一つでも減らすためにリングは使わずにダイニーマダイニーマでレイジーシステムを組んでいた。jeanは切れないと言い張っても心配性の私は2年に一回は新品に張り直していたのだが、そう言えばしばらく交換していなかった、4年目か?
貴帆はブームバングが無くレイジーで吊っているだけだから片方が切れたらどのような状況になるか想像してみて欲しい。
40フィートにしては巨大な4Pリーフ付のメインはレイジー無しで走り切ることが出来ないわけではないがリーフの度にブームが落ちてキャノピーをヒットしないように緊張の続く重労働になってしまう。
ぞっとする。どうしよう?
近くの泊地を探してマスト作業してレイトスタートか?
安全に完全に修理できる浦賀まで戻るか?
流石に往復3時間と1時間の作業ならレースには致命症になる。
面倒だからレースやめよっかなとテロップが流れたが・・・
小網代の岸に近づくと風も波もそれほどでは無い。
真乃登れ!
る?
レース前にマスト登りは宇田川、潜水作業は私と分担していたのだが・・
上のスプレッターに空いてるホールからドックボーンを使ってダイニーマを吊り下げている。レージーの根本は切れていない。下のスプレッターより低い位置でぶらぶらしている切れたダイニーマをジャンプして掴み寄せた。
切れている上側のエンドに輪っかを作り下側の切れたらところに長めのダイニーマを繋いでその輪っかを通し下に引き寄せてブームを持ち上げる作戦に決めた。
段取りが良く無く一発で決まらず宇田川を3回引き上げる事になってしまったが、何とか繋ぎ止めホット一息、あくまでも仮設だから最後まで持つかな?
どこかでしっかり繋ぎ直せるかな?
風が上がってくるだろうから無理かな?
ストームジブとトライスルをあげてのチェックインには十分間に合う時間が残った。
貴帆はメインを4Pに入れトライスルの代わりとする。
Class40貴帆でクルー(5人と4人)2回、imoca60ラ・ミカリーン(LA MIE CÂLINE) でアルノー(ARNAUD BOISSIÈRES) とダブルハンドで1回ファストネットレースに出た経験からスタート前のストームジブとトライスルをあげてチェックインする事の安全に対する取り組みに共感していたこともありレース委員会には同様の仕組みを取り入れることを推薦していた。
第四話「レーススタート」
スタート直前の気象解析
ソースはGFS、ブルドックでもカゴメでもない。(日本人にしかわからないオヤジギャグ🤣)
日本の沿岸気象は気まぐれで当たるも八卦当たらぬも八卦?で難しい。
実際の風軸は前側に15度ほどズレていたがスタート直後は概ねミディアムスピンがベストチョイスであった。このセイルは20〜30ノット用のジェネカーだが軽風ではそこそこ上れるのだ。
しかしお嬢さんらの4、5回の練習の中で一回デモンストレーションしたくらいだから本番でセイルセットして、また吹き上がったらトラブルなく下ろせるか?
結構不安なことと風が横に回り吹き上がって行くことを考えれば多分確実に使えるファーリングA5で走り出しジワジワとフリートの前に出て風が上がるのを待ちA5→ソレント(No1)→メイン1P→2P→ステイセル(No4)→3Pで爆走サバイバルモードで小笠原に突っ込むプランがベターと判断。吹き出してからお嬢さん2人でステイセルをハリヤードロックでセットするのはきっと無理だろうからスタート前からホイストしておく事にした。風速は10ノット弱だから本来ソレントとフルメインでマニューバしてスタートするところを小回りは効くが艇速が犠牲になるステイセルでスタート、宇田川ヘルムと吉富ピット、私は喋る船上カメラマンでジャストスタートを切る。
その後のすぐにA5をオンデッキするも吉富がタックラインのセットでもたついたのでバウまで行って声がけだけで指導したが手は出していない。選手宣誓。観覧艇から証拠写真を撮られてるのも見えていた。
スタートは良かったがパワー不足のA5であったことから4艇に先行を許すも着実に付いて行けてる状況から、もしミディアムスピンを使えていれば最初から最後まで先頭を走っていた事だろう。
2人の緊張がほほくれるようにじっくりと走らせていくことにした。
この時点ではファーストホームは狙えるだろうが修正でビリかもと思っていた。
今更IRCやハンデキャップや艇の性能性格について語る気にはなれないが、フランスを出る前にクラス40でレーティングを取得してみたいと言い出した私にフランス人の方々は???✖️3くらいの反応であった。
A5のままで広島のゼロを上追越し、振り返ればゼロの乱れたジェネカーが収まらずバーストしたように見えた。
あれ?私達のせい?ごめんね。
レース序盤は風速20ノット以下で2人のコンビネーションで確実に出来そうな事だけを選んで走らせた事もありトラブルなく先行艇を確実に抜いていった。
この先A2とMediumスピンは無いと踏んで船内後方(クルーザーならクウォーターバース)にぶち込んだ。
さあ、これからどこで仕掛けていく事になるか?
レース直前のシミュレーションを2人に話していた。ザックリとだが、パフォーマス昼夜80%で走り切れれば2day10時間程度、85%なら1DAYと22時間でフィニッシュ、ファーストホームは出来るだろう。ただし80%程度ならハンディキャップではビリの可能性大。80%とは私が初めてソロレースに臨んだ時に目標としたパフォーマンスで2人には概ね80%出せるであろうセールコンビネーションチャートを説明してピットに貼っておいた。
私はRDR2018前にはSoloでも95%以上は出せていたのだが今の2人では80%も厳しいかもしれないな・・・
第五話「宇田川と吉富」
さてレースに戻ろう。
宇田川のヘルムは舵取り名人とでも言おうか本当に上手い。艇に何のストレスも無く安定して艇速も伸びて貴帆が喜んでいるのが手に取るようにわかる。宇田川はヘルム以外の仕事では経験が浅くスタミナも心配だった。
吉富は飛び抜けたところは見当たらないが
バランスが良いように見える。しぶとさもあるようだ。
2人に共通しているのはパワーが足りない。
全く。
強みや持ち味がほぼ違う事が面白い。
2人合わせてヤンマーだ〜(これも古い親父ギャグか?)
しばらくは作戦通り単調に進み淡々と距離を伸ばした。
風が横に回り出した。
気象予報ではあと15度くらい後ろのはずだったが、小笠原に一直線で進む貴帆にはTWA 90-100がづっと続き爆走モードに入れない。
A5とフルメインが辛くなってきたのでソレントアンファール、A5ファーリングするもお嬢さんらの力では中々巻き切れず、ここで私はウインチマンとして手を貸した。
というか2人に最後まで任せては巻ききれずセールを壊していたことだろう。
彼女らは巻物でも20ノットを超えるとパワーが足りないんだな・・・
強風時での練習が殆ど出来なくここにきて状況が少し見えてきた。
ソレントで走れるところまで距離を伸ばしてメインを2Pまでリーフしていきストーリー通りに進む
ここまでのリーフでは音頭のみでほぼ手は出さなかったかな?
お嬢さんらがいつ音を上げるかじっとずっと見守っていた。
船が安定している間私は船内でウエザールーティングを何度もしながら、ウォーターバラストのコントロール、船内荷物を漁労の如く引きずりまわしながら出来るだけSaveEnergyでデッキの様子をじっと伺う。
前半は吉富が緊張からか精彩を欠いていた。
嘔吐用の袋をポケットに忍ばせていたようだが中盤から元気になってきたようだ。
後半は宇田川が撃沈した。
あれれ、真乃ちゃん眠くなったのかな〜
船内に入りうづくまってしまった宇田川に「呼吸は苦しくないか?」
「大丈夫だけど腰が痛い・痛い」いやいや吐いてんじゃん?
どんどん風が上がって来た。
以降はリーフ・セールチェンジ・タックがあれば2人に任せるのは無理だろうと思っていた。
相変わらず宇田川のヘルムは上手かったが時折り居眠りしているんじゃないかという挙動があり心配になった。
ボチボチ吉富にヘルムが変わった頃から私もピットに上がり愛ちゃんの側にずっとじっと何時でもヘルプの状態に備えた。
宇田川は船内で起き上がれなくなっていた。
ピットには吉富と私の2人だけになっていた。
宇田川と入れ替わりに吉富が元気になってくれ安堵安堵、ここから私のSoloレースに変更となると外洋女子を育成する企画がおじゃんになってしまう。
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