小笠原レース「船上のリアル」Part 3
※このブログは、Sailor 北田浩の道のり/Le Chemin d’ Hiroshi Kitadaで公開したシリーズを三部作にまとめたものです。吉富愛氏と宇田川真乃氏のJOSA Ocean Boot Campを同乗した北田の視点からお届けします。
第十一話「表彰式」
いよいよ表彰式だ
結果はファーストホームと総合優勝を頂く事が出来たが、何か気恥ずかしい思いだった。
小笠原レースのカップは想像していたより大きく豪華だった。
村長(代理副村長)とレース石川レース委員長よりそれぞれのカップを頂く。
石川さんは私が引きずり込んだ南北海道外洋帆走協会の元理事長で私もそこに所属してお世話になっている。
私は英仏海峡を舞台に何度もレースをして来たが、ハッキリ言って地元の津軽海峡の方が難しい。まるで運試しをしているかのように。
石川さんからカップを頂き地元の意地を見せられた事が嬉しくも安堵で力が抜けた。
二つのカップは吉富と宇田川に渡した。彼女らはとても頑張ったのだからカップの重さと喜びを感じた事だろう。私は立派な2つのレプリカカップを抱いた。
表彰式ではマイクが回ってきた。吉富と宇田川共に嬉しさの言葉を発していた。
私は引退宣言をした。(笑い)
実は少しこみ上げるものがあった。
レース中には今度こそ絶対やめてやると誓っていた。(いつもの事だけど)
パッションフルーツ特Aの香り
家族への戦利品
副村長から副賞として大きな箱に入った島産のパッションフルーツを頂いた。
特Aという特級品らしく、箱の蓋が閉じているにもかかわらず何とも表現し難い良い香りが会場いっぱいに漂った。
あ、これは私の物!
誰にもあ〜げない。
戦利品として家族に持ち帰ろう。
とは言ってもカップとパッションフルーツを貴帆に積んで帰れば浦賀に着いた時にはカップは壊れ、フルーツは潰れている事に間違いはなく、鈴木保夫さんにご迷惑をおかけしたが宅急便で送って頂く事にした。
裕介の献身
二次会にレース中の写真や映像を流すべく中国滞在中の堀内くんとやりとりしていたが、問題が発生してデータの受け渡しが出来なくなった。鈴木保夫さんと相談して各艇からデータを掻き集めて即席のスライドショーを作ろうということになった。
そう言えば裕介がパソコン持ってきてたはず。
裕介!パソコン持って来い!
はい?
2人で各艇を回り素材を巻き上げた。
疲れているであろう裕介は夜な夜な制作を続けた。二次会が始まってもまだ終わらない。乾杯のビールも飲まずに離れたカウンターで作業が続く。
出来た!
よくやった!
そのムービーを皆で見ながら歓喜が溢れ、各自から一言ずつのスピーチ
地元の有志も加わりとても良い時間が流れた。
裕介とは保夫さんの息子の鈴木裕介くんで、今回のレースでは自艇ビターエンドのスキッパーとして、また最年少スキッパーとして見事に走り切った。JOSAのメンバーでもある。将来を期待してやまないものである。
第十二話「帰路」
表彰式の翌朝29日06:00に島を出る事にした。
地元の山田さん(無線で有名、ダイビングショップ海人経営)からもパッションフルーツ他のお持たせを頂いた。これも家族へのお土産として持ち帰った。その他の方々からもフルーツ等々の差し入れを頂いた。
ありがたい。
関さんご夫妻
さて離岸の時間だ。
少し問題があった。
貴帆は岸壁L字のコーナーに舫をとっていた。
風は岸壁に艇を押していた。
ツインラダーの貴帆は舵にペラの水流をあてて艇を振る事が出来ない。行き足が付くまで舵が効いてくれない。絶対離岸出来ない状況だった。
皆が船体を押してくれて弥勒からバウ舫を引いてもらい離岸する事が出来た。
本当にありがたい。
岸壁に見送りに来てくれた方々に手を振りお辞儀をして小笠原を後にした。
あれっ?
なんか漁船がついてきたぞ?
おおおお、関さんの漁船だ!
しかも奥様も一緒で夫婦船だ!
凄く嬉しかった。
しばらく並走して遂にお別れした。
レースは絶対やめてやる!
でも小笠原にはまた絶対にくる!
船上生活者
帰路の航海で宇田川は船内に入らない覚悟で乗り込んだようだ。
自分で食べる物と必要なものを小さなバックに詰め込みワッチオフ時は船尾でアシカが日向ぼっこでもしているように寝転がっている。トドではない可愛らしいアシカと言っておこう。前半は日差しが強く過度の日焼けが心配になり声をかけるも、日焼けには強く平気だとの事。
今度は日焼け事件にならないか内心心配であった。
2人目のお父ちゃんの若井さんと長女と次女はいい関係のようだ。若井さんは話題が豊富でお嬢さんらと歓談が絶えず、あまりお喋りが得意で無い1人目のお父ちゃんの私は大いに助かった。
フランスでワッチしているであろうPatrizia、情報はjeanとも共有しているだろう。地球の裏側にいても私にとってのお守りだ。
綺麗な夕焼けと日没の時間にPatriziaへIridium Goでメッセージを入れた。
ずっとワッチしてたよ。3人ともおめでとう🎊
彼女とはかれこれ8年の付き合いになるか
きっとjeanにも連絡して喜んでるだろうな。
そしてレース広報として頑張った堀内くんも中国からの遠隔業務で良くやった。彼はRoute du Rhum2018年に帯同してフランスのオーシャンレース運営を体験している。日本のレース広報が発展していく事を願う。
森村Dr.と佐野Dr.
どちらかと言えば佐野Dr.の方が付き合いが長い。私のヨーロッパ初戦The Transat2016の搭載薬品翻訳からしっかりサポート頂いている。
森村Dr.との縁は氏のメルサカ参戦構想からの付き合いでJORA(現JOSA)で日本国内でWSサバイバルトレーニングを実現させるため苦闘していた頃から無くてなならない相棒である。
フランスで使ってきた医材リストとメルサカで使っていたリストをミックスして日本で現実的に入手可能な医材で先ずはベーシックなキットをJOSAから提案し、徐々にアップデートしていこうというミッションを開始していた。
今回のレース参加全艇に提案は間に合わなかったが、貴帆には搭載する事にした。
更に今回のレース中はレースドクターとして携帯電話を枕元に置いて寝てもらう事となった。
参加艇の通信手段はイリジウムベースの衛星携帯であるから写真を送れるわけでもなく、気象状況が悪い時は明瞭な通話は期待できないので、万一の際のサポートには限界があることは艇長会議で参加艇に了承して頂いた。ハイカテゴリーのレースにはインマル同等の通信システム搭載が必要であろう。イーロンマスクのスターリンクマリタイムが安価に使えるようになればイイね。
第十三話「サバトレとストームジブ&トライスルの話し」
今回のレースはカテゴリ2のレースであることからワールドセーリングのSea survival trainingの受講が義務付けられている。
敢えてここで述べないが詳しくはJOSAのWEBサイトを眺めてみて頂きたい。
URL:https://www.josa.jp/seasurvival/
それとスタート前にストームジブとステイセルを展帆しチェックインする事を必須事項とした。
レース中盤で2艇がリタイヤする事となったが、怪我と強風時の避航に上記の備えが大いに役立ったに違いない。
ケチケチ衛星通信
貴帆にはレース委員会から貸与されたICOMの衛星トランシーバーの他にiridiumGo とグラブバックにはIridium携帯、そしてINMARSAT-FB250が登載されている。
ICOMの衛星トランシーバーでロールコールを実施する運用ではあったが残念ながら使いやすいとは言えなかった。
今回は通常の通信はIridiumGoでのテキストメッセージを使う事にしていた。
気象データはINMARSATでの通信でダウンロードとなるのだが今回はパケット節約のためルート上の狭いエリアで大きなメッシュで2回のみ取得した。
いつもなら広範囲で細かいメッシュデータをダウンロードして気圧配置の動きを予測しながらルーティングするのだが、貴帆をフランスから連れ帰り蒲郡から浦賀までのBoot Campで大失態を犯してしまったのだ。セーリングPCのWinOSを7から10にアップデートしていた事と油断もありINMARSAT接続中に勝手にupdateやら何やらでとんでもない通信料金が発生してしまいKDDIに救済依頼中であったのだ。(結果救済は無かった)
帰路に戻ろう
中盤A5で快走できる場面があったのだが、風がかわりファーリングしようとした際にトラブル発生。大して強風でもないし私が手出しせずに3人で巻けるだろうと思って任せていたらスピンシートを出し過ぎておかしくシバーしたA5がフォアステイに絡まってしまった。セールが乾いてる状態ならなんとかリカバリーできるだろうが濡れてるからヤバイ。誰も前に行こうとしないから、心の中ではボケット見てんじゃねえよと叫びながらバウに走る。更にぐるぐる巻きにならないようにセールクロスを鷲掴みにしてほどこうとするも力及ばず、罵声禁止なのでそこは優しく誰か早くバウに来て!
ファーリングA5を綺麗に巻けないとはブッ弛んでるんじゃね〜とこれも心で呟く
そのあと悪夢の浦賀水道と入港騒ぎに続くとさ・・・
東京湾目前で風が上がり30ノットを超えた。しかも真ん前からだ。
吉富はやたらとエンジンを使いたがる。普段乗っているクルーザーだとエンジンブルルンで帰った方が速いからな〜
宇田川は470やってきたせいか帆走で効率良いコースを探ろうとする
2人はいろいろ対照的で面白い。
面倒なので浦賀も近くなってきたことだし女子2人とオッサンに任せることにして船内で休憩した。
あれ?替えたステイセルがガクガク言ってない?タックライン緩んでるんじゃないかな?
このまま走ったらデスマストのリスクあんじゃんと思っていても誰も動かない。気が付かないんだ・・・
そのうち風は落ちてステイセルファーリングでメインと機帆走でマリーナに向かう。
マリーナ近くの岸辺の浅いところを機走したせいだろう。ガッツリ藻が絡んでしまい前進不能に陥った。
セール上げて夜明けまでマリーナ前沖をグルグルしてレスキューしてもらうか?
あ〜そう言えばここら辺で根本先生のL30ポレポレで1回、貴帆でインペラ壊れて1回曳航してもらったな。
3回目でブラックリストに入れられるな。
ギアをバックに入れてみたら何とか進めるでは無いか?
不思議がる数隻の漁船を尻目に、ひたすらバックで入港トライ。
着岸するぞ!
40フィートで4.5トンの貴帆は行き足のスピードが無くなったらガサッと流れ出すから「オーバースピード気味で一発着岸するから舫いで行き足とめろ!」
大声で叫んだがきっと意味がわかっていないな
な〜んとか着岸成功したとさ〜
お陰で私の美声はつぶれて三日四日声が出なくなったとさ。
練習とレースと帰路で壊れたもの
・エンジンルーム火災未遂
・トゥレール破損(ぷーさんが踏んづけた)
・マストウインチのテール折損(ジブシートがウインチに絡むぞ注意対策を怠った)
・土手っ腹に50〜60センチの傷 ほぼ同じ場所に二ヶ所(練習時の着岸見張り)
・タックラインジャマー(シート類が引っかかったままロードをかけたのだろう)
・トラベラーエンドの剥離(小さく優しいジャイブが出来なかった)
・レージージャック交換(不可抗力)
締めて数十万円はかかりそう。保険適用なるかな?
第十四話「On verra.」
さて、これで外洋女子が2名増えたか?
どうであろう?
レース前後では間違いなく格段に上達しているだろう。
二人に尋ねた「もう一度やるか?」
吉富 帰ってこなければいけない(言う事は一丁前だな)
宇多川 無言・・・(フルクルーで・・・???蚊の羽音程度の声で耳鳴りが酷い私には聞き取れなかった)
いずれにせよ
2人にとっては初めての500マイル
よく頑張ったことは認める
彼女らにとっての船上は戦場であった事に違いないだろう。
私は心の中で呟いた。
On verra. (オンヴェラ どうなるかはそのうちわかるとか、今後の事はまあ見てみようというような意味でフランス人がよく使う言葉)
その他メモ
準備と片付けと復元
ロングレース前には気が遠くなるような準備が必要だ。徹底した掃除も重要だ。
レース後にはセールの塩出しもしなければならない。スタート前と同じ状態まで復元させる迄が仕事だ。
7.5kgの減量(小笠原往復で)
減量に苦しんできた事もあり、レース中は魚肉ソーセージ6本とバナナくらいしか食べていない。レーススタート後3日はいつもの事なのだが良いダイエットになった。
アネロンダッシュ
今回は学習機能が働いたのか出港前に一錠、本来1日一錠のところRDRではどうも効きが悪いと医者友に相談したところ二錠飲めば良いとかでホンマかいなと思いながら早めに二錠目を飲めば効くのは実証済みだったので6時間後に2錠目投入、いけるじゃん!
運営と共催の経緯について
いつか機会があったら書きたいと思う。
船が速い?から?
=勝てるものではない
Class40はレーティングを意識してデザインされた艇ではない。メチャメチャレーティングが厳しい。今回は艇のパフォーマンスは80%以下であった。概ね75〜77%といったところだろうか?セールチェンジ、タック、ジャイブが少なくほぼ一本スプリントだったのが運が良かっただけの事。
レースで勝ったという実感は全くない
そう言えば前夜祭で負けた艇は坊主と言ってなかったかな〜
第十五話「JPN146貴帆」
貴帆へのご褒美は完全優勝
2023/05/01 帰路
iPhoneのカレンダー整理をしていた。
明日には浦賀に着けるな。
そうか、明日はThe Transatのスタート(現地時間5月3日)だったんだ。
「光跡」にも書いたが、きっと終わりを告げるストーリーだったんだ。
何か胸の支えが無くなったような
エントリーNo.7
The Transatから7年
あの日、New Yorkフィニッシュの朝のような
摩天楼で浴びた朝日のような
清々しい心地
ありがとうJPN146貴帆
今日ここに舵をおこう。
君は故郷に戻り大海原を駆けろ
と思った・・・・
おわり
2024/11/12
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