シーサバイバル・トレーニングの話
皆さん、こんにちは。
過日9月14日〜16日の3日間、北九州市戸畑地区にあるNippon Survival Training Center(以下NSTC)にて行われたシーサバイバル・トレーニングの様子が届きました。
JORA理事である児玉氏によるレポートをお楽しみください。
文:児玉萬平氏
原健さんのブログ「海道をゆく3」で触れられたワールドセーリング認定のシーサバイバルとメディカルの両トレーニングコースが、9月14日~16日、日本サバイバル・トレーニングセンター(NSTC、北九州市)に20名の参加者を集めて行われました。今回はその背景と様子をお伝えします。
シーサバイバル・トレーニングとは・・
速やかな救助が期待できない海況や場所で極限状態に陥った艇の対処法や、艇から脱出した後、あるいは落水してしまったクルーが生き残るための手段を訓練するトレーニングで、長距離外洋レース(OSR:外洋特別規定のカテゴリー0,1,2のレース)の安全規定では、一定割合の乗員がシーサバイバルとメディカル(ファーストエイド)のワールドセーリング認定コースの修了資格を有していることが要求されています。
国内の代表的長距離レースである沖縄-東海レース、小笠原レースは何故か(規定が緩い)沿岸レース向けのOSRカテゴリー3で行われ、このトレーニングの義務付けが無いこともあって、正式なワールドセーリング認定コースは開催されてきませんでした。
そんな中で私のチーム「テティス4」は来年4月スタートのロレックス・チャイナシーレース2020(香港-マニラ565マイル、カテゴリー1)へのチャレンジを決め、その参加資格を得るため同トレーニングコースの受講の方策を検討していました。
ロレックス・チャイナシーレース
チャイナシーレースは1962年第1回が開催され、最近ではマキシ艇や大型トリマランなどの参加があり、ロレックスが冠スポンサーである外洋レガッタとしてメジャーなレースになっています。
日本艇は第1回から参加し、第3回の1966年には故渡辺修二氏率いる「ふじ」(渡辺43ft)が参加しましましたが、残念ながら微風の為フィニッシュ寸前にリタイヤしています。
我々はこの「ふじ(のちミスサンバード)」を譲って貰い、テティスⅡとして外洋レース活動を始めたこともあって、この艇のセールナンバー380を引き継ぎ現在に至っています。そんな縁もあって、渡辺修二氏のご子息で元葉山マリーナ専務であった康夫氏と「セールナンバー380を掲げて親父たちのリベンジ・・・をしよう!」という話になりチャイナシーレース2020への遠征計画となったものです。
サバイバル・トレーニングコース開催の道
チャイナシーレースのエントリーに必要なこのトレーニングコースをどうやって受講するか・・今までは海外のコースに入るか、海外からトレーナーを呼ぶか、という選択肢しかありませんでした。
一方で北田さんは、以前から海外レースでの活動を通じて、このトレーニングコースの必要性を痛烈に感じ、国内で継続的に開催する可能性を探っていました。そこで二年前の2017年7月、私がファストネットレースに同乗させていただくため「貴帆」のベース、ロリアンを訪れた際に、ヨーロッパで活動する大多数のレーサーがトレーニングを受講する訓練機関CEPS(Centre d’Étude et de Pratique de la Survie)の責任者ヤン氏を二人で訪問し、日本における同トレーニングコースの実現への協力依頼と継続的な実施開催に必要な条件について相談いたしました。
帰国後、ヤン氏のアドバイスをもとに国内でこのトレーニングを実施できる機関・施設を探そうと、海上保安庁を始め関係各所にヒアリングを行ったのですが、なかなか良い情報が得られない日々が続きました。
そんな中、本年に入ってCEPSのヤン氏から「日本にも我々と同様の訓練ができる機関がある、アクセスしてみたらどうか・・」という連絡が入り、早速、紹介された北九州にある日本サバイバルトレーニングセンター(NSTC:ニッスイマリン工業)を北田さんと訪問、訓練内容を見学させてもらいました。
その結果、北田さんをして「この施設と訓練の質ならCEPSに全くそん色ない」と言わしめ、このNSTCの施設を使用し同所スタッフに協力してもらうことを前提に、フランスからトレーナーを呼ぶことで、CEPSと同じワールドセーリングの認定コースを開催できると確信しました。
幸い、CEPS側もトレーナー派遣の協力を約束してくれ、9月14日~16日にサバイバルとメディカルの両トレーニングコースを、NSTCの協力のもとJORA主催で実施することになりました。
プロの船乗りにはSTCW条約が定めたトレーニングコースを受講、資格取得の義務がある
不勉強なことに、フランス側から紹介されて初めてNSTCの存在と実力を知った我々ですが、NSTCは9年前からSTCW(船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)の認証を受けた訓練を実施、基本コースは5日間、海外からの受講生も多いハイレベルなコースです。見学させて頂いたときは大型クルーズ船の女性クルーも受講生として参加し、プールに飛び込んでの実習訓練をしていました。
日本–パラオ親善ヨットレースもトレーニング修了資格が必要
チャイナシーレース2020に向け自艇のリグ変更、無線設備の追加などの準備をする間に、外洋三崎会長である「トレッキー」新田氏から、本年年末から来春にかけて行われる「日本-パラオ親善ヨットレース」の参加を打診されたので、行きがけの駄賃(の割には遠回り、かつ高額のエントリーフィーですが)のノリで参加を内諾しました。
このレースもカテゴリー1で行われるため、前述のサバイバル・トレーニングの履修が必要とされ、レース実行委員会はオーストラリアからトレーナーを招きサバイバル・トレーニングコースを開催、レース参加予定者に受講を呼びかけました。
一方、JORA主催のサバイバル・トレーニングコースはNSTCと協力しての継続的な国内トレーニングコースを準備評価するという目的を持つものとして企画したものなので、日本-パラオレースの実行委員会が主催するトレーニングコースとは別のものとして、予定通り進めることとしました。
ヨットに特化した本格的なファーストエイド
メディカル(ファーストエイド)・トレーニングもレース参加資格として必須のものです。国内レースでは日本赤十字社の救急法救急員資格を取得することで認められてきました。しかしそれはあくまで陸の救急法であって、救急車も来ない、AEDも無くはるか沖合にいるヨット上の救急法としては大きく疑問を感じるものでした。
今回はCEPSで行われている認定メディカルコースのチーフであるフランス人医師の監修を得ながらも、日本の医療事情に合わせたトレーニングの内容とすべく、その講師として、現役外科医であり、自らも前回のメルボルン-大阪ダブルハンドレースに自艇を回航、レースの往復航海を達成したJORA理事の森村氏に担当頂くことになりました。
サバイバル・トレーニングの様子
3日間にわたって行われた今回のトレーニングの参加者の顔ぶれは多士済々で、原健氏の他、太平洋横断経験者、沖縄・小笠原レースの常連艇メンバー、ソロ・ダブルハンドレースを目指す若者など20代から70一歩手前(私です)迄、一堂に会した合宿訓練でした。
前半2日間のフランス人トレーナー(Jean-Claude Guenneguez、 Luc Hubertのお二人)の説明やプレゼン資料は当然フランス語でしたが、ほぼ同時通訳に近い速度で、専門用語も難なく翻訳していくJORAスタッフ清水女史の通訳が秀逸、それもそのはず、彼女はロリアンでCEPSのコースを受ける日本人セーラーために幾度となくこのコースをカバーしています。
コースには担当するトレーナーの経験や背景によって様々な追加情報が加えられますが、軍の航空救難隊に所属していたトレーナーからはレスキューする側の視点で多くの示唆を貰いました。
1日目のプールでのサバイバル術の実習、ヘリコプターからの吊り上げ、ライフラフト展開時の実際・・など、私の様な高齢者にはちょっときついメニューが揃っていましたが、2日目の消火活動、火工品の発火実習などと併せて、今までのナンチャッテ講習では気づかなかった得難い情報や気付きが数多くありました。
また2日夕から3日目に行われたメディカル・トレーニングでは、担当する森村氏がCEPSのフランス人医師と講習前日までTV会議ですり合わせを行いながら、周到な準備を持ってコースに臨まれ、医療の基礎知識から艇に備えるべき薬品や道具、その使い方の実習まで、多岐にわたる内容でした。受講生の中には現役医師2名が参加しており、医師の皆さんによる経験談も加え、外洋ヨットに特化した実践的なファーストエイドに初めて触れた思いがしました。
トレーニングコースの今後
フランスではレースの参加資格としてばかりではなく、世界周航を計画するクルージングセーラー、漁船員など、自らの命を守るための基礎知識としてこのトレーニングコースを受講されると聞いています。今回自ら受講してみて、50年以上もヨットに乗っている者としては、あまりの知識と経験の浅さに情けない思いがしました。
資格取得の形ばかりのトレーニングではなく、繰り返しの訓練の中から本当のサバイバル能力が醸成されると感じました。
なんとか、国内でもこのトレーニングコースが継続実施できるよう、教材の日本語化も含め努力していきたいと思っています。
NSTC責任者の言葉
訓練中の会話の中からも多くの啓示がありました。NSTCの実習では着衣での水中訓練もありますが、水中訓練時はほとんどサバイバルスーツを着込み、ライフジャケットも施設備え付けの物を使用、消火訓練も本格的な防火服を着るなど重装備での訓練を行っています、そこで理由を聞くと一言、
「訓練で万が一にも事故を起こしてはいけない。」
事故を絶対起こさない備えとして装備は毎回点検し完璧に保っている、個人持ちの装備は管理しきれない。受講生の健康状態、体力も千差万別だ、受講生のチームごとにダイバー(水中サポートスタッフ)を複数配置し緊急事態に備えている。一旦事故を起したらこの事業は成り立たない。
プロトレーナーの矜持が見えた一言でした。
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