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2017-11-14

メルボルン大阪レースへ

いつもJORAブログをご覧いただき、ありがとうございます。
JORAスタッフ・大吉です。

本日は、2018年3月18日からスタートする
「メルボルン大阪カップ 日豪ヨットレース2018」
に参加される森村圭一朗氏へのインタビューをお届けします。

大阪市で消化器系の専門医として活動される森村氏。
一時ドクターのお仕事を休まれ、オーシャンヨットレースに参加されることとなり、
その活動をJORAでもサポートさせていただきます。

森村圭一朗氏

先日、東京JORAオフィスへお寄りくださった森村氏に
今回のレース参加に至るまでのお話しを様々お聞きしました。

・・・(敬称略)

大吉
森村さん、本日はよろしくお願いいたします!

森村
はい、よろしくお願いします。

大吉
さっそくですが、まずは一番興味がある点をお聞きしたいですが、
ドクターのお仕事を一旦お休みになられ、レースに参加されるというのはいったい、、、?

森村
なんでそんなことしてるか、ってことですよね?(笑)

大吉
そうなんです(笑)
率直なところ、どういう想いなのでしょうか。

森村
率直なところですよね、、。
よく聞かれるんですけども、
いろんな想いはあるんですが、どんどん削ぎ落としていくと結局はやりたいからです。
それ以上答えようがないですね~。

大吉
これまでもロングランのレースには参加されたことがおありなんですか?

森村
パールやアリランは出ましたけどこんな長距離は、まったくないです。

大吉
本当にこのタイミング!という感じなんですね?

森村
やっぱり好きなんでしょうね。たぶん。船とかヨットが好きなんです。

大吉
ヨットはいつから?

森村
ちょうど20歳からです。
大学受験で浪人していたんですけども、真面目に朝から晩まで勉強していて、
予備校以外は一切外にも出ていなかったんですけど…。
医学部に受かったその日に、ヨット部の先輩に海に連れて行かれたんですよ。

大吉
へ~
その時が初めてなんですか?

森村
まったく初めて。
むしろ、僕は大学に行ったら絶対ボート部に入るって思ってて。
それが、合格発表の当日にヨット部の人に雑賀崎灯台まで連れて行かれて、、、。ほとんど拉致でした。
和歌山なんですけど、やっぱり綺麗なところなんですよ。
ずっと勉強ばっかりしてたところから、突然綺麗な海にばっと連れて行かれて、気分ハレバレ。
そのあと艇庫に連れていかれてディンギー、競技用の小さい船、それを見せてもらって、いろいろ説明してもらって海面すれすれのところを疾走していくというのを知って、
かっこいいと思ってドキドキして、、、

もともと海は好きで、小さい頃から元漁師の知り合いがいて、毎年海に連れて行ってもらってたんですよ。そのおっちゃんのことも大好きで。
すっかり忘れてたんやけど、自分の原点はそれだと思って。
大学ヨット部の試乗会で、初めてディンギーに乗って船を出したんですが、
ちょうど春の気持ちのいい季節にエンジンもないのに風だけですーっと走ることに感激しちゃって。。。
今でもはっきり覚えてます。

大吉
なるほど~
そのスタートから、ヨットは約30年でしょうか。
森村さんのヨット歴というと、どのようになりますか?

森村
ヨット歴というと、大学の5年間がはじまり。
まったくヨット漬けで。ヨットしかしてない。

大吉
(笑)医学部としては異端児ですね?

森村
いや、あほやったんです(笑)
バイトとヨットしかしていない生活でそれが楽しかったんです。先輩、後輩、OBも楽しかったし。
それで6年経って医者になり、外科医になりたかったので外科医になったんですけど、やっぱり忙しくて…。はじめのころは週2,3回しか家に帰れない。
それで10年くらいまったく乗ってないです。

大吉
そうですか。
5年やって、10年休んで、その次始めるきっかけはどのような?

森村
その時のきっかけというのが、、、
プライベートで落ち込んでいることがあって、その時に姉にヨット乗りの友達を紹介してもらって、10数年ぶりにヨット乗ったら昔の感覚が蘇ってきて!これは!って(笑)

大吉
そこからの15年はずーっと、今に至るんですね

森村
そうですね、、、(笑)でもやっぱり勤務医なので、なかなか時間が取れないっていう。

大吉
では、お休みの日に乗る程度ですか。

森村
最初はディンギー中古で買ったんですよ。ちっちゃい一人乗りのやつ。
それで週末出して、レース出たりして楽しんでたんですよ。
実は大学ヨット部に入ってしばらくした時に、35歳になったらクルーザーを買おうって決めてたんです。それで、しばらくディンギー乗ったのちに35歳の時にクルーザーを買ったんですよ。26ftのちっちゃいのですけどシングルハンドで遊べる。すごく無理して買ったんですけど、、、

大吉
おもしろいですね~
休日練習やレースというところから、今回のオーシャンレースというと、本当に何段階もグレードアップする領域になると思うんですが…

森村
僕はいつも人に恵まれてるなぁ~って思うんですよ、、、。かなり恵まれている。
最初に26ftを買った時、やっぱりディンギーとはいろいろ違ってわからないことが多かった。
右も左もわからず買った船をポンツーンにぽんと置いたら、対面のポンツーンの方が本当に良い方で。その方と一緒にクルージングなんかしてとっても世界が広がったんです。その時、ちょうど3回前のメル阪が終わった時で、ポンツーンにメルサカをフィニッシュした船も舫ってあって、「この船は太平洋縦断した船だ」とかいう話は耳にしてて、、、それでも俺には無関係!と思ってました。その時には。
憧れはあっても非現実的すぎるし、この小さい船を買うだけでもギリギリ精一杯だったのに、太平洋縦断となったらこの3回りくらい大きい船を買わなくちゃいけないし、そんな財力もないし、そもそも休めるわけがないし。。。別世界と思ってました。それが15年経ってこないなことになりました。(笑)

大吉
なるほどぉ。
実際に出ようと考えるには、いろいろタイミングが合致してこないと難しいと思います。

森村
やっぱりタイミングっていうのがあると思うんですよ。
仕事、お金、時間、人、この4つのタイミングが合わないと無理なんですけども、ほとんどは合わそうとしても無理で。
でも、なんとかしたらいけるんやないか?というタイミングがあって、ふかっと浮かんでしまったという…(笑)

大吉
ほ~(笑)
まさにタイミングなんですね!

森村
そう、だから具体的に憧れを持っていつかこのレースに出たいと思っていたわけでは全然ないです。

森村氏所有のBartolome号

大吉
周りにはメルサカレースに参加しようという方はいらしたんですか?

森村
いません。
メルボルンのコミッティーでジョージ・ショーという方がいるんですけども、彼がいろいろレースのプロモーションとか実務的なこともやっていて、レースを盛り上げるためにオーストラリアのあっちこっちのヨットクラブを行脚して、最終的にはOHYCにも来はったんです。去年の5月くらいです。

その時にクラブハウスでジョージに会ったんですが、僕自身はレース出る気は全然なかったんですよ。ただ、その頃は僕の船に乗ってくれるクルーも結構いてたんで、もうちょっと大きい船が欲しいなと考えてました。
実は、ジョージとしてはなんとか日本艇にレースに出て欲しいということで、中古船のカタログをいっぱい持ってOHYCにプロモーションに来てたんです。

彼は、オーストラリアで中古艇買ったら、自分たちが整備でもなんでも手伝うから、日本人出ないかって気持ちでカタログ広げてたんだけど、僕は単に大阪湾で遊ぶために船を変えたいって気持ちでカタログ見てて…。英語で話してたんですけど、どこをどうはき違えたかジョージはその時森村がレース出るつもりやなって思ってたみたい。。。

その1ヶ月後くらいにジョージからOHYC会長宛てにメールが届いたらしく、そのメールには「ドクター森村はレースに出るかを決めたのか?」っていう話になってました。それが去年6月の話。

大吉
この段階では、レースは出ないし、船もない、ということですが、そこからどのようにして船入手に??

森村
ジョージからのメールに返信をしたらえらいことになると思って返事はせずに寝かしておいたんです。
そしたら、、、もうわからない。。。ある時ふと思い返して、ちょっと待てよと、、、

大吉
この時はまだバリバリドクター業を?

森村
はい、バリバリ働いています。
なんでしょうね?
人が人を好きになるって説明がつかないじゃないですか?そういう衝動?それに近いんです。

大吉
なるほど

森村
僕が考えたのは、まず「やりたいか」「やりたくないか」ということで、「やれるか」、「やれないか」はその次なんですよ。それで、やりたいなってことになって。。。
最後は、これはジョージが言ってくれたんですけど、人生は一回しかないっていう。。。それを思い出したんです。
僕は、胃癌・大腸癌専門の外科医なんです。なんていうか、普通の人よりは「死」が身近にあると思うんです。人生を閉じるというか。人生って一回しかないって他の人より身近に感じているかもしれない。だから、もし、ちょっとの努力じゃないんですけど、他人に迷惑をかけないでできるのであれば、あとは自分の努力でいけるので、このタイミングであればいけるんちゃうかって思ったんです。

それなら、これはやっておかないと、、、
死ぬ前にメルサカ出たなって思ってから死ねるんじゃないかなって。。。

森村圭一朗氏(写真右)

大吉
なるほどぉ。

そんなエピソードから、北田氏との出会いというのは???

森村
それがまた面白い!面白いというか、縁なんです。

大吉
はい

森村
北田さんという名前は知らなかったんですけども、トランザットを日本人で初めて完走された方がいるっていうことは知ってたんです。日本にもそんな人居てるんやなと、、、なんか雲の上の人というか。。。

最終的にレース出るって決心したのは去年の7月の終わりくらいかな?
まず姉に相談して。次はOHYC会長、そして次にヨット仲間で一番仲のいい阪元さんに話して、、、
二人で呑みながらその話をしたら「相談するのにとても良い人物がいる」と阪元さんが北田さんに飲み屋から電話してくれたんですよ。
その2日後に東京に出向いてお会いしました。

大吉
出会いというよりは瞬間的な感じですね。

森村
はい、そうです。ピンポイントですね。
いつも思うんですが、僕はやっぱり人に恵まれてるんです。
出たい気持ちがあってもHow toがない。何をどうしたら良いかがわからない。相談相手がいない、、。でも阪元さんや北田さんがいた。
北田さんはなんでも自分で経験されていて、ものすごくオープンなんですよ。ご自分の持ってたものをなんとか広めてセーリング界を盛り上げたいという気持ち、そういうのが根底にあると思うんです。だから僕にも本当にいろんなことを教えてくださる。
僕が考えたことを北田さんに「どうですか??」と聞くと、ありとあらゆる別の考え方が出てくるんですよ。考えているレベルが違うところから来てるという、そういうことが多々あるんです。僕が聞いていることはオーシャンレースにとってほんとに基本的なことなんですけれど、いちいち北田さんは対応してくださったんです。この人はほんま凄い人やなぁと思って、船を買うにしても、もちろん相談してアドバイスしてもらって。彼がいなかったら僕は凄くとんでもない方向に進んでいたと思います。

大吉
レースに出ると決めたとしても、きちっとしたアドバイスがないと、うまく行くものもいかないということですか?

森村
行かないと思います。絶対行かないと今だから思います。
だから僕は北田さんと出会えてラッキーでした。
ちょこちょこ、ちょこちょこと軌道修正してもらって自分のやりたいやり方と、それを叶える手段を教えてもらえてすごくお世話になって。。。

(ここで北田氏登場)

大吉
北田さん
今、森村さんから今回のメル阪レースに出るに至るまでのストーリーをお聞きしたのですが
あらためて、ここまでに至るお話しをお聞かせいただけますか?

北田
そうねぇ

最初の出会いは、森村さんの話にあった通りで
友人の阪元さんから突然電話があって…
自分の友人が今度メル阪に出ようというんだけど、
オーシャンレースの経験がないから、いろいろとアドバイスしてくれないかと。

そのとき、実は一番響いたのは「メル阪に出る」というところで、、、

2009年に、XヨットというブランドのX37を買ったんです。
これはメル阪に出ようと思って買ったヨットなんだよね。
改造を着々とやっていたんだけど、出ようとしたときにそのレースが開催されなかった。

大吉
そんなエピソードがあったんですか?

北田
自分の中ではメル阪レースはやってみたいレースのひとつで、、
それに出たいという人がいるんだったらと。

これまでにやってきたトランスパック等、大平洋エリアでやってきた経験や、ヨーロッパ、大西洋エリアの厳格なところでやってきた経験を彼に伝えたら、レースの準備からいろいろと、より安全に的確に進むだろうと思って 彼と話をすることにしました。

大吉
どのあたりからお話しされるんですか?

北田
まずはヨットの選択から。
森村さんが最初にヨット屋から提案されたものは、彼のスタイルにはFIXしていなかったので、「森村さんの目指すヨットはこういうものじゃないですか?」という話を、何度もやりとりしましたね。

あとは、安全装備に関する話も何度も。

彼が必要とするものは、水力発電機とか、部品とか、フランスで扱うものが多かったので、フランスに行ったときに探してきたりとか、
JORAスタッフに買い探してもらったりなんかもしました。

大吉
なるほど

北田
あとは、森村さんには
「成し遂げてくださいね、メル阪を。メル阪やったら、オーシャンレーサーですよ」とお伝えしましたね(笑)

大吉
では森村さん、
当初はまだ存在していなかったJORAが正式に立ち上がり、今回このような機会となったわけですが
JORAの活動に対して、感想などあればお聞かせいただけますか?

森村:
JORAの理念にすごく共感しています。多分、代表の北田さんもそうだと思うんですけど、自分がやってきて楽しいとか幸せとか面白いということをやっぱり誰かに伝えたいという気持ちが根底にあられて、僕も同じです。
僕らだって20年後(か30年後とか、、)は死にますからね。次の世代が楽しんでるところ、育ってるのを見ながら死にたいと思ってるんです。

大吉
はい。

森村
準備とか色々あるんですけど、最終的にはやっぱり、憧れですね。誰もいない海を走って、セーリングして、地球に生まれてきたんだからそういうことをやってみたい。
それを実現させるためにいろんなステップを効率よくやったら、もっと多くの人がそれにハマってくれるのではないか?っていう気持ちがあるので。
北田さんからそういう理念があるってお話を伺っているので、お手伝いしたいという思いです。

北田
(うなずく)

大吉
ありがとうございます。

11月末に大阪を出航ということで、
また船のカスタマイズなどのご紹介いただけたら嬉しいです!

森村
はい、今まさにカスタマイズ真っ只中なので、、

大吉
森村さん、本日はお忙しい中たくさんのお話しをありがとうございます!

森村
いえ、こちらこそ。

あ、けっして仕事をおろそかにする気持ちはまったくないですョ。
ただ、それだけになってしまうのが窮屈かな?って…(笑)

大吉
はい(笑)
北田さんも、お話しありがとうございました!

・・・・

Bartolome号と。 森村氏(左) JORA代表北田(右)

11月26日に出航され、約2か月かけメルボルンに到着。
その後、さまざまな調整、トレーニングを経て
3月17日のレーススタートを迎えるということです。

また、メルボルン大阪レースに関するニュースをお伝えしていこうと思います。

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コメント2件

  • 辻クリニック より:

    森村先生レース頑張ってください!(^^)!
    またお土産話待ってます!

  • 辻クリニック より:

    森村先生!
    身体に気を付けてレース頑張ってください1
    クリニック一同応援しています。

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